東京地方裁判所 平成9年(ワ)4424号 判決 1999年11月26日
原告
正本洋子
右訴訟代理人弁護士
徳住堅治
同
宮坂浩
被告
社団法人東京アメリカンクラブ
右代表者理事
グレゴリー・カーリー
右訴訟代理人弁護士
木下潮音
同
大澤英雄
主文
一 被告は、原告に対し、金二一〇万六五〇〇円並びに内金二〇万九三五〇円に対する平成九年三月二七日から、内金一三二万三五〇〇円に対する平成一〇年一二月二六日から及び内金五七万三六五〇円に対する平成一一年九月二六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の地位確認を求める訴えを却下する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 原告が、被告に対し、基本給月額金三三万〇九〇〇円の賃金支払請求権を有する労働契約上の地位にあることを確認する。
二 主文第一項と同旨
第二事案の概要
本件は、被告の従業員である原告が、職種の変更に伴い賃金を減額されたところ、右賃金の減額措置は違法であるから無効であるとして、被告に対し、減額措置以前の賃金支払請求権を有する雇用契約上の地位を有することの確認を求めるとともに、雇用契約に基づき減額措置以前と以後の差額賃金(賞与を含む。)の支払を求める事案である。
一 当事者間に争いのない事実等
1 被告は、国際関係、特に日米間の親善を増進し、その文化交流を図ることを目的とする社団法人である。
2 原告は、昭和四四年八月一三日、被告と期限の定めのない雇用契約を締結し(以下「本件雇用契約」という。)、ウェイターアンドサービス・セクションでウェイトレスとして、昭和五〇年一月四日からレセプション・セクションで電話交換手としてそれぞれ勤務した後、平成八年一〇月一日からウェイターアンドサービス・セクションの洗い場(以下、単に「洗い場」という。)で勤務するようになった。
3 原告の賃金は、毎月二〇日締め当月二五日払であり、平成八年九月当時、月額三四万九五五〇円(基本給三三万〇九〇〇円、住宅手当一万六五〇〇円、シフト手当二一五〇円)であった(<証拠略>)。
しかし、平成八年一〇月、原告の賃金は、月額三四万八三五五円(基本給二七万八七五〇円、特別手当五万〇一〇五円、住宅手当一万六五〇〇円、シフト手当三〇〇〇円)となった(<証拠略>)。その後に、特別手当が毎月二〇八五円ずつ減額され、平成一〇年一一月には、特別手当がなくなり、原告の賃金月額は、二九万八二五〇円(基本給二七万八七五〇円、住宅手当一万六五〇〇円、シフト手当三〇〇〇円)となった(以下「本件減額措置」という。なお、本件減額措置後である平成八年一〇月から平成九年二月までに実際に支給された月例賃金総額は、別紙計算書「本件減額措置後の支給総額」欄記載のとおりである。)(<証拠略>)。
4 被告において賞与は、従業員規則(以下「就業規則」という。)四一条一項(<証拠略>)に、「毎年六月一四日、一二月一四日の二回、従業員に賞与を支給する。」、「六月に基本給の二か月分、一二月に基本給の三・五か月分とする。」と規定されている。
したがって、本件減額措置により、原告の基本給は三三万〇九〇〇円から二七万八七五〇円に減額されたのに伴い、賞与も減額された(<証拠略>)。
二 争点
本件減額措置の効力
1 原告の主張
(一) 原告は、電話交換手による電話システムの廃止に伴い、平成八年六月一八日、被告の人事部総務本部長有馬昭(以下「有馬部長」という。)から退職勧奨を受けたが、これを拒否したところ、有馬部長は、同月二四日、原告に対し、異動先としては、洗い場か清掃しかないと告げたのに対し、原告は異動先としてランドリーを希望すると述べた。平成八年七月一八日、原告は、有馬部長からランドリーは空きがなく、異動先としては洗い場しかないと再度告げられたので、原告は、やむなくこれに同意した。しかし、その際、有馬部長から提案された本件減額措置については、これを拒否した。そして、原告は、平成八年一〇月一日から洗い場での勤務を開始したところ、同月七日、再度有馬部長から本件減額措置の提案を受けたが、これを拒否した。それにもかかわらず、被告は、同月から原告の賃金を一方的に減額してきたのであり、本件減額措置は、原告の同意に基づかない違法なものであるから無効である。
(二) また、被告は、原告の同意がなくとも、就業規則の適用により本件減額措置は有効であると主張するが、右主張は争う。
本件雇用契約は、そもそも被告が主張するような職種限定契約などではなく、平成八年一〇月の電話交換手から洗い場への職種変更は当初の雇用契約の範囲内での配置転換にすぎない。そして、被告の就業規則によれば、給与の減額は規定されていないから、配置転換に伴うものであっても、原告の同意がない以上許されない。
なお、等級号俸制は、被告において、平成六年に導入されたものであるところ、その際、労働基準監督署に対する届出などの手続を経ておらず、就業規則の一部であるということはできない。仮に、就業規則の一部であるとしても、すでに述べたように被告の就業規則には、給与の減額についての規定はないから、これに反する部分は無効である。
さらに、被告における実際の例をみても、職種の変更を伴う配置転換は頻繁に行われ、その際、当該従業員の同意があった例外的な場合を除き、給与の減額は行われておらず、職種と等級号俸は関連するものではないから、本件減額措置は、就業規則を根拠とするものとはいえない。
2 被告の主張
(一) 被告における賃金体系は、就業規則の一部であるBASE SARALY TABLE(以下「基本給テーブル」という。)に具体的に明示されているところ、右は、業務を職種ごとに細分化し、各職種ごとにその専門性・職務責任・難易度により一から九までの等級(Grade)を、さらに当該等級内においても経験・技能等により号俸(Step)をそれぞれ付し、この等級と号俸により、当該従業員の具体的な基本給が決定されることとなっている。
被告と各従業員との雇用契約は、職種限定契約であるため、被告の就業規則には、「配置転換」、「異動」は存在せず、従業員の職種の変更の必要が生じたときは、その都度被告と当該従業員との間で個別の契約変更の合意を締結してきた。
(二) 被告においては、数年前から交換手による電話交換システムから直通電話システムへの変更を計画して新交換機の導入を行い、平成八年九月末をもって、電話交換手による電話システムを廃止することを決定した。
被告は、電話交換業務がなくなることから、原告と雇用契約について話し合った結果、原告は退職を希望せず、洗い場で勤務することに合意した。
(三) そこで、被告が、洗い場における賃金を検討したところ、電話交換手のGrade3からGrade2へと変更になるため、基本給は四〇パーセントの減額となるところであった。しかし、原告から減額幅は一〇パーセントにして欲しいとの要望があったため、被告は、原告に対し、平成八年一〇月五日付けの書面(<証拠略>)をもって、賃金の減額幅は一五パーセントに止め、それを二年間かけて漸減させることを提案したところ、原告から拒否の申出はなく、原告は、平成八年一〇月から洗い場での勤務を開始するとともに、本件減額措置後の賃金を異議を述べずに受領してきた。
したがって、被告と原告は、本件減額措置の変更を含む雇用契約を締結したものであり、本件減額措置は有効である。
(四) 仮に、被告と原告の間の本件減額措置を含む雇用契約変更の合意が認められないとしても、本件減額措置は、被告の就業規則によるものであるから有効である。
すなわち、被告においては、すでに述べたように、各従業員との間で個別的な職種を限定した雇用契約を締結しているところ、その基本給の決定については、就業規則の一部である基本給テーブルに明示されているとおり、職種ごとに規定された等級号俸制が採用されていることから、職種変更の合意があれば、それに伴い、就業規則の適用によって当然に基本給の額も変更されるのである。
もっとも、原告の場合、基本給テーブルによると、職種の変更に伴う基本給の減額幅が四〇パーセントと大きいことに配慮し、被告は、その不利益を緩和する意味で、原告の年収を従前の八五パーセントとなるように、これに最も近い二等級一五九号俸の二七万八六〇〇円を基準とし、それに一五〇円を加算した二七万八七五〇円を基本給として設定し、二等級一五九S号俸と表示したのである。
第三当裁判所の判断
一 後掲各証拠によれば、次の事実が認められ(当事者間に争いのない事実等を含む。)、右証拠中これに反する部分は採用しない。
1 被告の概要(<証拠・人証略>)
被告は、日米関係を中心とする国際親善を増進し、諸国間の文化交流を図ることを目的として、昭和三年に発足し、昭和一六年日米関係の悪化に伴い一時閉鎖されたが、昭和二四年に再開し、昭和二六年に法人格を取得した。
被告の組織は、総会、資産及び会務の管理・運営の権限を有する理事会、被告の代表者であり総会及び理事会の議長である理事長等の役員により組織され、理事会の下で管理運営業務を担当する総支配人以下の従業員がいる。従業員のトップである総支配人の下には副総支配人が置かれ、その下に料飲本部、レクリエーション部、メンバーサービス部、技術部、経理本部、購買部及び人事総務本部が設置されており、従業員数は、平成九年現在で、正規の従業員約二二〇名、パート従業員約二四〇名である。
被告においては、新卒者を対象とする定期採用は行っておらず、各部門で欠員の補充又は増員の必要が生じる都度、主として公募により採用活動を行っている。
2 被告における原告の職歴等(<証拠・人証略>)
(一) 原告は、昭和四四年八月一三日、被告と期限の定めのない雇用契約を締結し、ウェイターアンドサービス・セクションのウェイトレスとして勤務するようになった。原告と被告の雇用契約締結の際には「人事措置通知書」(<証拠略>)が作成されており、そこには、課としてウェイターアンドサービス・セクション、職種としてウェイトレスと記載されている。
その後、昭和四九年一二月二一日付けでレセプション・セクションの電話交換手として勤務することになった。右のように原告の職種が変更されたのは、原告が、それ以前から技術を身に付けて仕事を継続していきたいとの希望を持っていたことから、専門学校の電話交換手のコースを受講して資格を取得するかたわら、被告に対し異動の希望を出していたところ、空きができたということで実現したものであった。このときも、課としてレセプション・セクション、職種として電話交換手と記載された「人事措置通知書」(<証拠略>)が作成され、原告に対し交付されている。
(二) 被告においては繁忙や人員の状況によって、従業員に、同意を得た上で、他の職種の業務を応援ということで行わせることがあり、原告も、臨時にプールサイド・パートタイム・モーニング・クリーナー(昭和四八年六月九日付け)、プールサイド・パートタイム・ウェイトレス、パートタイム・ウェイトレス(昭和五〇年一月一〇日付け、昭和五一年二月一日付け、昭和五一年四月一六日付け)としての業務を行ったことがある。被告は、従業員にこうした業務を行わせる場合、その都度所属部課、職種、発効日等が記載され、人事課長(Personnel Manager)、総支配人(Gen(ママ)ral Manager)の署名のある「人事措置通知書」(<証拠略>)を作成し、当該従業員に交付している。
(三) この間、原告の基本給月額は、入社当初月額二万六〇〇〇円であったのが、昭和四八年四月に五万六〇〇〇円、昭和四九年四月に六万四五〇〇円、昭和四九年一二月に六万七五〇〇円となったが、右のうち、昭和四九年一二月の昇給は、同年一一月二六日の定例会議の決定に基づき、正規の全従業員に対し、一律三〇〇〇円の昇給を行った結果である。その後、原告の基本給月額は、順次昇給し、平成八年四月に三三万〇九〇〇円となった。
3 本件減額措置に至る経緯(<証拠・人証略>)
(一) 被告の電話交換システムは、当初代表電話を交換手が受けて内線につなぐ方式であったが、その後直通電話の設置台数が増加するとともに、交換機についても順次新型の機器を導入し、平成六年一二月に現在の電話交換機を導入している。そのころから、専門の電話交換手が必要な電話交換機が廃棄されたため、被告は、電話交換業務を廃止することを計画し、平成八年七月に同年九月末日付けで、電話交換業務を廃止することに決定した。
そこで、有馬部長は、平成八年六月ころ、原告に対し、電話交換業務を廃止するので、退職するか被告の中で電話交換手以外の仕事を探すか選択して欲しい、退職を希望するのであれば、ある程度の退職の条件は検討する旨伝えた。これに対し、原告は、即答せず、同年七月ころ、有馬部長と面談した際に退職する意思はない旨告げた。そこで、有馬部長が、原告に対し、電話交換手と同じ三等級の職種であれば、経理等の事務、フロントデスク、セクレタリーだと思うと告げたところ、原告は、これを拒否し、ランドリーを希望したので、有馬部長は、基本給が減額されることを説明するとともに、空きがあるかどうか調査すると回答した。有馬部長は、平成八年八月ころ、原告に対し、ランドリーには空きがなく、清掃か洗い場しかないと告げたところ、原告は、洗い場を希望すると回答した。このときも有馬部長から洗い場であれば、基本給が減額されることを説明したが、原告は、基本給の減額には承諾できないと述べた。有馬部長は、同年九月五日、原告に対し、基本給を二四か月かけて徐々に減額し、最終的に基本給を一五パーセント減額することを伝えた。原告は、同年一〇月一日から洗い場に勤務していたところ、同年一〇月初め、有馬部長から、同月五日付けの書面(<証拠略>)で、本件減額措置を正式に通知されたので、有馬部長に対し、ECに相談する旨告げた。そして、被告は、平成八年一〇月から本件減額措置を実施した。
(二) ECとは、被告の従業員会であり、正式な労働組合ではないが、労働条件、安全衛生、福利厚生、能力開発といった問題について、被告と定期的にミーティングを開催して協議してきた団体であり、これまで、三六協定、育児休業、賃金制度、パートタイムの労働条件等について協議してきた実績がある。
ECは、原告から相談を受け、平成八年一〇月二五日、ミーティングを開催し、有馬部長から本件減額措置に至る経緯について説明を受け、同年一一月二五日に開催されたミーティングにおいて、本件減額措置を撤回するよう申入れたが、被告は、原告の了解を得ていると回答した。
4 被告の給与制度及び就業規則(<証拠・人証略>)
(一) 被告は、平成三年から、賃金体系として、等級号俸制を導入し、少なくとも、その導入時、平成五年にそれぞれ従業員を対象として説明会が開催され、平成六年には合計六回の説明会が開催されており、その際、従業員に対し資料も配付されている。また、平成七年に開催された年次昇給説明会においても等級号俸制について、従業員からの質問に応答する形式で説明が行われている。原告は、平成六年に開催された説明会の第四回に出席している。
被告における等級号俸制とは、従業員の職種を<1>事務職、<2>調理人、<3>給仕、<4>ベーカリー、<5>ソムリエ、<6>バーテンダー、<7>洗い場、<8>駐車場係、<9>秘書、<10>ランドリー、<11>清掃・設備管理、<12>警備、<13>専門技術者、<14>営繕技術者、<15>その他に区分し、それぞれの職種を職責、経験、技術、知識等により一等級から八等級までにランク付けし(等級自体は一等級から九等級まで規定されているが、九等級は総支配人のみである。)、さらに各等級内で、経験、技能などにより号俸を付し、等級と号俸に基づいて基本給テーブルを作成し、その適用により各従業員の基本給が決定される制度である。基本給テーブルは、制度導入時は、コンサルティング会社が調査結果による市場価格に基づいて決定したものを採用したが、その後世間の賃金水準の動向や被告の経営状況等を踏まえ随時見直しを行ってきている。なお、基本給テーブルには等級号俸に応じた基本給は明示されているが、職種ごとの等級については記載されていない。
被告の説明会においては、等級号俸制の概要が説明されており、等級号俸制導入時の説明会においては、「1991年度 給与調整について」と題する書面(<証拠略>)が従業員に配布され、また、平成六年の説明会においては、おおよその職種・職能と等級との関連図(<証拠略>)が示されたほか、基本給テーブルが資料として配付されている(<証拠略>)が、同一職種内において、各職務が種々の名称で呼称されていたこと(被告の案内書(<証拠略>)によれば平成二年時点で約八〇の職名があると記載されている。)もあって、平成六年時点でも、厳密には、呼称、定義、職能とが関連づけられておらず、有馬部長は整理するとのみ回答したにとどまり(<証拠略>)、従業員から自分がどの等級号俸に位置するのか知らされていないといったことが述べられ、平成七年時点でも、従業員から同一職場内にGrade2・3の区別はあるのかとの質問があり、被告は等級の違いは、職責にリンクしているが、職場によって異なるので統一見解は言えないと回答している。
(二) 被告の就業規則(<証拠略>)には、配置転換や異動に関する規定はなく、給与については、「各従業員に対する月給は、各自の仕事の性質、経験、学歴、能力、責任、当クラブにおける勤続年数及び其の他の関連する諸要素を考慮し決定する。」と規定されている(三四条一項)ほか、定期昇給及び新規雇用者の昇給についての規定(四〇条一項、二項)、懲戒処分としての減俸についての規定(五三条(B))はあるが、昇給や減給に関する規定はない。
しかし、被告の就業規則の改訂案(<証拠略>)では、賃金は賃金規定によるとされ(一四条)、異動について「業務上必要がある場合、クラブは従業員に対して職場若しくは職種・職務の変更を命ずることがあります。」との規定(二二条一項)が盛込まれている。
5 被告における従業員の職種及び職務の変更(<証拠・人証略>及び弁論の全趣旨)
被告においては、昭和四〇年以降に入社した従業員について、判明しているだけで、過去三〇余り職種ないし職務の変更事例があり、そのうち、昭和五〇年以降の職種変更一八例(<証拠略>)についてみると、職種変更に伴い基本給が減額されたのは、二例のみであり、いずれも当該従業員の同意があった場合である。なお、被告においては、従前職種ないし職務の変更は、基本給の減額を伴わない場合も、当該従業員の希望、あるいは同意に基づいて行われてきている。
ところで、被告が等級号俸制を導入した際、これを機械的に当てはめると、従前の賃金を下回る従業員がおり、これらの従業員については、実質的に不利益が出ないように調整した。そのため、このような従業員、特に勤続年数の長い者については、基本給テーブルに当てはめた場合の等級号俸と賃金額が一致していないことがある。また、職務変更に伴い、基本給テーブルに当てはめると基本給の減額が生じる場合に、被告は、基本給テーブルの中から近似するものを選択し、それを基準にして、基本給テーブルには規定されていない基本給を設定し、実質的に不利益を緩和してきた。そして、このような場合の基本給は、等級号俸の後に「S」と表示されている。職種変更に伴う基本給減額事例のうち、一例(<証拠略>)については、不利益緩和措置が採られ、また、不利益緩和措置によって、職種変更に伴う基本給の減額が行われなかった事例もある(<証拠略>)。
二 本件雇用契約について
本件雇用契約が職種限定契約であるかどうかについて、当事者間に争いがあるので、この点について判断する。
被告においては、新卒者の定期採用は行っておらず、欠員の補充又は増員の必要が生じる都度、従業員の採用を行い、雇用契約書ともいえる「人事措置通知書」には、所属部課、職種などが明記されており、職種の変更が行われる場合には、それが臨時的なものである場合も含め、その都度「人事措置通知書」が作成され、従業員に対し交付している(前記一1、2(一)、(二)、なお、原告は、本人尋問において、「人事措置通知書」を受領したことがないと供述するが、<証拠・人証略>に照らし、採用できない。)。これらのことからすると、本件雇用契約が職種限定契約であるとみる余地もなくはない。しかし、一般に、専門技術的、あるいは、特殊な職種でない場合にまで、職種限定契約が締結されることは珍しい上、職種限定契約でなくとも、雇用契約書に当面の担当職務が記載されたり、人事異動に伴い職種や給与の等級号俸等の記載のある辞令交付が行われたりする例もしばしば見受けられることからすると、右事実をもって、職種限定契約の根拠とすることは困難である。また、被告の就業規則には、「配置転換」、「異動」に関する規定はない(前記一4(二))が、実際には、職務ないし職種の変更は行われており(前記一5)、就業規則の改訂案が異動についての規定を設けていること(前記一4(二))も、こうした職務ないし職種の変更が行われている実態を反映したものと推認することができる。さらに、原告は、被告に採用された後、異動の希望を出しており、(人証略)も、被告に採用された後、異動の希望を出したり、自分の希望と異なってはいたが、被告からの申出に応じて異動していること(<証拠・人証略>)からすると、被告の従業員は、被告に採用されて後、およそ職種の変更はない、あるいは、雇用契約が職種を限定したものとの認識は持っていなかったことが窺える。
これらのことからすると、本件雇用契約は職種限定契約であるということはできず、むしろ、異動ないし配置転換も予定された雇用契約であるというほかなく、原告の電話交換手から洗い場への職種変更も本件雇用契約の範囲内の配置転換ないし異動というべきである。
なお、被告は、職種ないし職務の変更が従業員の希望、あるいは同意に基づいて行われてきたこと(前記一5)も職種限定契約の根拠とするが、配置転換を予定した雇用契約を締結する場合であっても、どのような配置転換でも無制限に許される趣旨であるとはいえないし、配置転換に当該従業員の同意を要すると労働協約等で定める場合やこうした定めがなくとも、実際に当該従業員の同意を得て配置転換を行う取扱いをする場合もあり、そのことからすると、右事実をもって直ちに職種限定契約であるということはできない。
三 本件減額措置について
1 原告の同意について
前記一3(一)によれば、原告は、本件減額措置に同意していないというほかなく、同意したとする被告の主張を認めることはできない。
ところで、被告は、有馬部長の本件減額措置の提案について原告が拒否の申出をしなかったこと、本件減額措置の決定は、原告が賃金の減額幅は一〇パーセントに止めて欲しいとの要望に基づいて行ったことを主張し、(証拠・人証略)には、右主張に沿う部分がある。
しかし、原告はこれを否認しているところ、通常労働者が唯々諾々と賃金の減額に応じるとは考え難いし、ECが被告に対し、本件減額措置の撤回を申入れていること(前記一3(二)、ECの法的性格はともかく、原告からの相談もないのに、ECが被告に対し、本件減額措置の撤回を申入れるとは考えにくい。)、原告は、訴訟を提起して本件減額措置の効力を争っていることなどに照らし、有馬部長の陳述書の記載、証人有馬昭の証言部分は採用できない。
また、本件減額措置の実施後、原告が被告に対し、本件減額措置に異議を止めた形跡はなく、被告は右をもって、原告の承諾があったと主張する。
しかし、当時原告としては、交渉はECに委ねたとの認識を持っており、平成八年九月ないし一〇月ころには、本件原告訴訟代理人に相談もしていたこと(原告本人)からすると、本件減額措置に承認する意思はなかったことが明らかであるし、そもそも、基本給の減額のように労働条件の極めて重要な部分については、単に当該労働者が明確に拒否しなかったからといって、それをもって黙示の承諾があったものとみなすことはできない。
したがって、原告の同意があったことを理由として本件減額措置が有効であるとする被告の主張は理由がない。
2 就業規則の適用について
(一) 被告は、就業規則の一部である基本給テーブルに等級号俸に応じた基本給が明示され、職種、職務をこれに当てはめることによって、基本給が決定されるから、職種変更の同意に伴い、就業規則の適用によって当然に基本給は変更される(職種の変更前後で等級号俸に変更がない場合は除く。)ものであるから、本件減額措置は有効であると主張する。
被告においては、平成三年に等級号俸制が導入された際、就業規則が変更された形跡はなく、その後基本給テーブルは随時変更されている(前記一4(一))が、やはり就業規則の変更が行われた形跡はないことからすると、基本給テーブルが直ちに就業規則の一部ということはできないが、就業規則三四条に「各従業員に対する月給は、各自の仕事の性質、経験、学歴、能力、責任、当クラブにおける勤続年数及び其の他の関連する諸要素を考慮し決定する。」と規定されていること(前記一4(二))に照らすと、基本給テーブルは、就業規則の右規定を具体化し、就業規則に付随するものとして位置づけられてきたものということができる。
(二) 被告は、等級号俸制の導入以来、その制度について、従業員に対し、資料を配付するなどして、再三説明を行ってきており、(前記一4(一))、そのことからすると、被告の従業員は、基本給が等級号俸により決定されることについては熟知していたものと推認することができるし、等級号俸制導入以降の職種変更事例において、基本給の減額が行われた事例が二例あること(<証拠略>)からすると、被告としては、原則として職種に応じて等級号俸を決定しようとしてきたことは窺える。
しかし、等級号俸制導入時の平成三年に従業員に配付された資料(<証拠略>)には、等級号俸の具体的な内容説明はなく、平成六年に従業員に配付された資料(<証拠略>)には、まず、職種・職務に対応した等級が決定され、その後に号俸を決定することが記載されているほか、「Grade1から9とは」として「1補助職、2初級職、3中級職、4主任、5係長、6課長、7部長、8本部長、9総支配人」と記載され、各項目でその説明が記載されているにとどまり、職種・職務と等級号俸を関連づけた文書の配布は行われた形跡がなく(本件訴訟においても<証拠略>を除き、具体的な職種・職務と等級号俸の関連を示す証拠は提出されていない。)、平成六年の説明会において、おおよその職種・職能と等級との関連図(<証拠略>、ただし、職種名の事例は、各等級について、一、二例が示されているにすぎない。なお、原告は、本人尋問において、<証拠略>を見たことがないと供述するが、<証拠・人証略>に照らし、右供述は採用できない。)が示されたことはあるものの、被告には約八〇もの職名があって、平成六年時点でも、自分がどの等級号俸に該当するのか各従業員にとって判然としておらず、有馬部長も説明会で等級号俸と呼称、定義、職能とが関連づけられていないことを認め、整理すると回答している(前記一4(一))。
しかも、実態をみても、等級号俸制の導入時に等級号俸への当てはめによって不利益を被る従業員の救済措置として基本給を調整したことから、等級号俸と職種との関連に齟齬を来していたり、職種変更に伴って等級号俸に変更が生じ、基本給が減額になるような場合、当該従業員との合意によって、基本給テーブルにはない基本給を設定して不利益の緩和を行ったりしてきた(前記一5)ため、等級号俸と職種・職務が関連しない事例がまま生じている。
これらのことからすると、被告としては、等級号俸制の導入以来、原則として職種・職務と等級号俸を関連づけて基本給を決定しようとしてきたことは窺えるものの、すでに判断したように、被告と各従業員との雇用契約は職種限定契約ではなく、厳密には全職名と等級号俸とは関連づけられておらず、また、従業員の受ける不利益を考慮したり、従業員との合意に基づいたりして、等級号俸制を弾力的に運用してきたものというべきであり、職務の変更に伴い当然に変更された等級号俸を適用しているということはできず、職種の変更と基本給の変更は個別に当該従業員との間で合意され、決定されてきたものといわざるをえない。
したがって、本件減額措置は、就業規則の適用によるものであるから、有効であるとする被告の主張は理由がない。
3 原告の地位確認及び賃金請求について
右によれば、本件減額措置は無効であるから、被告は、原告に対し、別紙のとおり差額賃金合計二一〇万六五〇〇円の支払義務がある。
ところで、地位確認を求める部分については、現在(口頭弁論終結時)の法律関係を確定させることを目的とするところ、例えば、将来の給付を求める訴えとの関係でいえば、先決問題として、地位確認を求めることは有効な手段となるとしても、そうではない本件においては、本件減額措置の効力を争って現在(口頭弁論終結時)までの差額賃金の支払を求めることによって、本件紛争の抜本的かつ確定的な解決を図ることができる以上、地位確認を求めることは、最も有効かつ直接的な紛争解決方法とはいえないから、このような訴えは確認の利益を欠くものといわざるをえず、不適法として却下を免れない。
四 以上の次第で、原告の請求は、被告に対し、金二一〇万六五〇〇円並びに内金二〇万九三五〇円(平成八年一〇月から平成九年二月までの月例賃金差額及び平成八年一二月賞与差額分)に対する右支払期日の後である平成九年三月二七日から、内金一三二万三五〇〇円(平成九年三月から平成一〇年一二月までの月例賃金差額及び平成九年六月、一二月、平成一〇年六月、一二月賞与差額分)に対する右支払期日の後である平成一〇年一二月二六日から及び内金五七万三六五〇円(平成一〇年一月から同年九月までの月例賃金差額及び同年六月賞与差額分)に対する右支払期日の後である平成一一年九月二六日から各支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、地位確認を求める部分は却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条、六四条、仮執行宣言について同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松井千鶴子)
<別紙> 計算書
1 月例賃金の差額計算
※差額=本件減額措置以前の支給総額-本件減額措置後の支給総額
平成8年10月 34万9550円-34万8355円=1195円
11月 34万9550円-34万6270円=3280円
12月 34万9550円-34万4185円=5365円
平成9年1月 34万9550円-34万2100円=7450円
2月 34万9550円-34万9915円=9435円 差額合計 2万6825円
※以下について差額=本件減額措置以前の基本給33万0900円-(本件減額措置後の基本給額+特別手当額)
基本給額 特別手当額 差額
平成9年3月 27万8750円 3万9680円 1万2470円
4月 27万8750円 3万7595円 1万4555円
5月 27万8750円 3万5510円 1万6640円
6月 27万8750円 3万3425円 1万8725円
7月 27万8750円 3万1340円 2万0810円
8月 27万8750円 2万9255円 2万2895円
9月 27万8750円 2万7170円 2万4980円
10月 27万8750円 2万5085円 2万7065円
11月 27万8750円 2万3000円 2万9150円
12月 27万8750円 2万0915円 3万1235円
平成10年1月 27万8750円 1万8830円 3万3320円
2月 27万8750円 1万6745円 3万5405円
3月 27万8750円 1万4660円 3万7490円
4月 27万8750円 1万2575円 3万9575円
5月 27万8750円 1万0490円 4万1660円
6月 27万8750円 8405円 4万3745円
7月 27万8750円 6320円 4万5830円
8月 27万8750円 4235円 4万7915円
9月 27万8750円 2150円 5万0000円
10月 27万8750円 65円 5万2085円
平成10年11月から平成11年9月まで 差額5万2150円×11ヶ月 57万3650円
差額合計 125万1075円
2 賞与の差額計算
※(本件減額措置以前の基本給額-本件減額措置後の基本給額)×賞与の掛数(6月:2,12月:3.5)
平成8年12月 (33万0900円-27万8750円)×3.5=18万2525円
平成9年6月 (33万0900円-27万8750円)×2=10万4300円
12月 (33万0900円-27万8750円)×3.5=18万2525円
平成10年6月 (33万0900円-27万8750円)×2=10万4300円
12月 (33万0900円-27万8750円)×3.5=18万2525円
平成11年6月 (33万0900円-27万8750円)×2=10万4300円
差額合計 86万0475円 以上合計 210万6500円